May 29, 2011

マクロビパパの事件簿 第1話

「材料よしっ、調理器具よしっ!」
  
 愛車“空飛ぶキッチン号”のトランクを覗き込みながら、パパは、満足げに微笑んだ。
  
 パパは、プロの料理人だ。
 今は、知り合いの店を手伝ったり、単発のカフェを開いたりの毎日だが、
 いつかは、自分の店を持ちたいと願っている。
 時には、今日みたいに料理教室の出前を引き受けることもある。
  
 マクロビオティック・・・聞きなれない名前だよね。
 玄米菜食、何それ?ほんとに、美味しいの?栄養偏らない?
 病気が治るって、ホント?なんで、お砂糖や牛乳や卵がダメなの?
 えー、お肉もダメ?それで、どうやって、お料理すればいいの?
 ・・・パパも、最初はそうだった。
 ある日、人参君に話しかけられるまでは。

 「僕ね、ほんとはもっと美味しくなれるんだ。
 僕のこと、ちゃんと知って、ちゃんと料理してくれれば、
 栄養だって、もっともっとたくさんとれるんだよ。」
  
 パパは、人参君のアドバイスにしたがって、
 卵も、バターも、牛乳も、砂糖も使わずに、とびきり美味しい人参ケーキを焼いた。
 ママも、子供たちも、大絶賛のやつだ。
 そして、ケーキの最後の一切れが、胃の中におさまる瞬間に、
 人参君のアリガトウを聞いたんだ。
 パパも、思わず、アリガトウとつぶやいた。
 パパの頬を一筋の涙が伝った。
 その時、分かったんだ。食べ物と、僕らは、命でつながってるって。
  
 その時から、パパは、マクロビパパになった。
 陰陽の理論や、様々な食材の扱い方や、
 食べ物と人との関わりなんかを学ぶ一方で、料理の腕ももちろん磨いた。
  
 パパの周りには、パパの作る料理のファンが、次第に増えていった。
 ずいぶん遠い所からも、『お料理を教えて欲しい』と、声がかかるようになった。
 “空飛ぶキッチン号”は、大忙しだった。
  
 今日も今日とて、日曜だと言うのに、
 パパは、朝早くから起きて、前日に仕込んでおいた料理教室の材料を
 愛車に積み込んだ。
 まだ眠そうなママと子供たちに、いってきますと手を振って、さぁ、出発だ。
  
 今日のお宅は、初めてのところ。 
 30分は余裕をみて、出かけないとね。
 でも、最近のナビは優秀で、着いたら、約束の時間の1時間も前だった。
  
 「あまり早く行くのもなんだしなぁ。」
  
 パパは、停車できそうなスペースを捜して、車を停めた。
 少しだけシートを倒してもたれかかりながら、
 見るとはなしに、今日これから訪ねる予定のKさんのお宅を眺める。
 流行の輸入住宅で、退職したご主人と二人暮らしと聞いていたのに、
 2世帯住宅でも通用するほどの立派な建物だった。
 
 依頼主のKさんは、パパもよく名前を耳にする都内の某マクロビオティック教室に、
 何年も通っているらしかった。料理も、そこで、当然習っている。
 「でも、同じようなメニューばかりで、主人が飽きてしまって・・・」
 依頼の理由を、K夫人は、そう説明した。
 だから、パパは、ちょっと気合を入れて、今日のメニューを考えたんだ。
 相手が、初心者の場合は、パパは、失敗の少ない、
 それでいて応用のきくメニューをそろえるようにしてる。
 子供のいる家庭では、スイーツに重点をおいたりもする。
 難しいのは、ある程度、マクロビの料理を知っている人たち。
 ありきたりの物を出すと、あぁと、露骨に失望の色を見せる。
 逆に、何十年もやってる人は、上手に炊けた玄米ご飯と、
 重ね煮の味噌汁を出しただけで、とても喜んでくれる。
 パパの大好きな、あるおばあちゃんの生徒は、
 「年を取ると、長いことすりこ木を握るのが辛くてねぇ。」と、
 八丁味噌で仕上げる具沢山のパパの味噌汁を、毎回楽しみにしていてくれる。
  
 「おばあちゃん、どうしてるかなぁ・・・」
  
 その時だった。
 ぎゃぁという叫び声が聞こえ、続いてガチャンと物が割れる音。
 パパは、車を飛び出すと、一目散に声のした方向へ走り出した。
 そこは、Kさんの家だった。
  
 門の扉は開いていた。
 キレイに整えられた前庭を抜け、玄関へ。
 そこには、一人の初老の男性が立っていて、
 玄関のノブを乱暴にガチャガチャいわせながら、中に向かって叫んでいた。
  
 「ノブコ、開けなさい!どうしたんだ!ノブコ!」
  
 「何か、あったんですか?」
  
 パパがたずねると、老人は分からないという風にかぶりを振った。
 それから、
  
 「おたくは・・・?」
 
 と、たずね返した。
  
 「今日、こちらで、料理教室を開く予定だった者です。
 早く着き過ぎてしまって・・・。あの、外に入り口はないんですか?」
  
 「勝手口が、開いとるかもしれん。裏の菜園に通じとるんでな。
 今日、使う野菜を摘みに行くと言うとった。あれが・・・」
  
 老人は、最後まで言わずに走り出した。
 パパも、後に続いた。
 勝手口の鍵も閉まっていたが、
 老人の許しを得て、パパが、思い切り2度3度蹴ると、扉は開いた。
  
 台所は、ひどい有様だった。
 高価な食器がいくつも床に散らばり、地震の後のようだった。
 テーブルの上の花瓶も倒れて、アイリッシュリネンのテーブルクロスを濡らしていた。
  
 「ノブコー!」
  
 老人が叫んだ方を見ると、倒れている女性の足が見えた。ピクリとも動かない。
 駆け寄ろうとする老人を制して、パパは、携帯を取り出し、110番通報した。
 これが、パパの最初の事件になるとも知らずに・・・。
  
 警察の対応は、すばやかった。
 家の周囲が封鎖され、鑑識員たちが、家のあちこちを動き回り、
 パパと老人は、応接間の隅の椅子に、半ば隔離された。
  
 パパは、住所と名前と職業を聞かれ、正直にそれに答えたが、
 ややこしくなるのを避けるため、
 あえて、マクロビオティックのことは口にしなかった。
 しかし、老人の口からそれがもれるや、
 案の定、刑事たちの胡散臭気な視線にさらされることになった。
  
 「野菜しか食わんのかね?」
  
 信じられんという口ぶりで、中年の刑事が言った。
  
 「いや、決して規制しているわけでは・・・
 自分の体質や体調や季節に合わせて、食べる食材を選んでいるだけで。」
  
 あぁ、なんで言い訳めいた口調になるんだろう?
 軽い自己嫌悪に陥りながら、
 パパは、いつになったら帰してもらえるんだろうかと、不安に思い始めていた。
 初対面の僕が、容疑者のはずないよね?
 いや、正確にはK夫人とは会ってさえいない。
 見たのは、足だけで、
 すぐにブルーシートに包まれて、どっかに運ばれてっちゃったんだから。
  
 「で、夫人とは、どういう知り合いなんだね?」
  
 「知り合いも何も、今日はじめてお会いするはずだったんですよ。
 ここで、料理教室を開くよう、依頼を受けてて。」
  
 「奥さんは、そのマクロなんとかを、やってたんですか?」
  
 「やってたなんてものじゃありませんよ、信者ですよ、信者!」
  
 刑事の質問に、老人は苦々しげに答えた。嫌ぁな予感が、パパの脳裏をよぎる。
  
 「一年中、野菜、野菜、野菜!
 風邪でもひこうものなら、すぐに“食べ物が悪い”と、にらまれる。
 私は、酒もタバコもやらない。唯一の楽しみが甘いものだったんだ。
 それも、取り上げられ、朝から晩まで、
 何を食べたから、あなたはどうだのこうだのと。いい加減うんざりですよ。」
  
 刑事と老人は、そろって、責めるような目付きでパパを見た。
  
 「いや、だからですねぇ・・・」
  
 「警部!」
  
 その時、若い刑事が声をかけた。
  
 「ゴミ箱には、野菜の皮とかクズしか入ってませんが、
 写真を撮ったほうがいいかと鑑識が聞いてます。」
  
 「野菜だけ?」
  
 「えぇ。自宅の庭から抜いてきたらしくて、包材は見当たりません。」
  
 ほ~ぁ。それを聞いたパパは、大きく背伸びして言った。
  
 「刑事さん、もう帰っていいですか?」
  
 「何?いかん、いかん。
 被害者とマクロなんとかの因果関係を、もっと調べるまでは・・・」
  
 「因果関係?そんなもの、ありませんよ。
 たぶん、彼女、マクロビやったことないんじゃないかな?」
  
 「何だって?そりゃ、どういう意味かね?」
  
 「答えは、ゴミ箱ですよ。ほら、さっきから、ご主人の顔が青くなってる。
 おそらく、マクロビ信者は、ご主人の方でしょう。
 今日だって、嫌がる奥さんに、無理やり料理を習わせようとしたんじゃないかな。
 勝手口を入ってすぐのとこに、土が付いたままの野菜が放りだしてあったでしょう?
 足りない野菜を畑から抜いて戻ってきたら、
 奥さんが、先に用意してあった野菜の皮を剥いて下ごしらえしちゃってた。
 マクロビオティックでは、一物全体といって、野菜は皮を剥かずに調理するんです。
 マクロビを習ってる人が、そんな基本的なことを知らないはずがない。
 怒ったご主人は、はずみで奥さんを殺してしまい、
 焦っていたところへ、誰かが=つまり、僕ですけど、やってくる気配を感じて、
 あわてて自分も帰宅したばかりだというふりをした。違いますか?」
  
 老人の肩がわなわなと震え、白状したも同然だった。
  
 「じゃ。僕はこれで・・・」
  
 パパは、あっけにとられている刑事たちを尻目に、
 悠々と玄関を出て、停めてある愛車に向かった。
 冬の日差しが、暖かかった。
 
 「さてと、帰って、ちびたちに美味しいものでも作るか。」
  
 “空飛ぶキッチン号”が、そうですねと、ウィンクしたように見えた。


このストーリーは、AGULさんが連載して下さった小説を、
転載させて頂いたものです。
フィクションであり、実在の人物は、あんまり関係ありません^^。



bluetailhappiness at 23:36│Comments(12)TrackBack(0)clip!マクロビパパの事件簿 

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この記事へのコメント

1. Posted by AGUL   May 31, 2011 12:39
あらま!

久々に読むと、
アラが目立ちますわね。

人が倒れてたら、
まず救急車ですよね?
110番じゃなく。笑
2. Posted by papa   May 31, 2011 21:13
改めて読み直してみて、これだけの長文をぐいぐい読ませてしまう部分が、すごいなと思いました。
才能ですね〜。

>人が倒れてたら、まず救急車ですよね?

マクロビ信者が、皮剥かないだけで、
人殺しちゃうとこのほうが、
ある意味、問題なような気もしますけど(笑)。
3. Posted by goodtime-masuho   June 02, 2011 10:18
で、人参とは何語で話したの?
4. Posted by AGUL   June 02, 2011 13:20
師匠が、木の言葉に耳を傾ける時と同じ・・・

以心伝心てところでしょうか?(*^_^*)
5. Posted by papa   June 02, 2011 19:27
>で、人参とは何語で話したの?

人参語です。

google翻訳じゃ、変換できないので、
今度、教えます。
6. Posted by あかね   June 03, 2011 09:00
卵も、バターも、牛乳も、砂糖も使わない、とびきり美味しい人参ケーキのレシピ、教えてください!!お願いします^0^
7. Posted by goodtime-masuho   June 03, 2011 10:53
>人参語です。
>今度、教えます。

よし目指すぞ!通訳!!
でも、人参にしか通じないの?
8. Posted by papa   June 03, 2011 19:06
あかねさん、こんばんは。

>、とびきり美味しい人参ケーキのレシピ、教えてください!!

はい、どうぞ♪
http://macrobi.livedoor.biz/archives/50221999.html
9. Posted by papa   June 03, 2011 19:51
>よし目指すぞ!通訳!!
 でも、人参にしか通じないの?

はい。
人参語には、「西洋人参語」と「金時人参語」の2種類があります。
まず、西洋人参語3級(たしなみ程度)のカリキュラムから、始めましょう。

山梨名産の「大塚人参」は、「長人参語」で会話可能です。
こちらは、若干、方言がきついです。
10. Posted by あかね   June 04, 2011 21:06
レシピありがとうございます^0^
早速作ってみます☆
11. Posted by papa   June 04, 2011 21:32
豆乳の全量を、人参ジュースに変えても、色が綺麗です。
試してみてね〜☆
12. Posted by nononon   June 21, 2015 13:21
5 とってもおもしろい!!!
もっとつづきみてみたいです!
新しい!

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